追いかけたら逃げられる

■先日、やっと気が付いた。

 追いかけたら逃げられる。

 何のことかと言うと、ここ数ヵ月の私の傾向に関する「気付き」である。

 私に限った話であるが昔から何かを追いかけると、その何かは決まって私から逃げていく。夢、お金、運、そして女……等々。何でもそうなのだが、具体的に追い求めるようなことをすると対象物は決まって私から逃げていく。追いかければ追いかけるほど逃げていく。スピードを上げたり熱量を上げたりすると、逃げていくそれらも比例して上がっていくのだ。そして意識から消さない限り距離も縮まらない。

 二兎追う者は一兎も得ず。

 対象を集中して追いかけ続ける。複数のものに意識を分散していたら中途半端になる。そう思ってある時までは何事も集中して追いかけることをしていた。前述した夢やらお金、運、そして異性に対して。

 しかしある時こんな言葉を聞いた。

 二兎追う者だけが二兎を得る。

 正直言って「目から鱗……」であった。

 それ以降、あれもこれもと意識を分散しつつもそれぞれに対しては集中して追い求めることを続けてきた。ここ数年はもう夢も希望も望めないと思えたし、今更異性に手を出してロクな目に遭うような愚行をする気もなかったから、追い求める対象はやはり「お金」だった。「二兎追う者は一兎も得ず」ではなく、「二兎追う者だけが二兎を得る」をモットーに、お金を中心にしてそこから派生するアレコレを追い求めていた。

 だがこれってやはりダメ。今頃になってやっと思い出したのだ。「追いかけたら逃げられる」ということを。

 今更ながらに思い出したというか気が付いたのだが、私の人生は本当にこれにつきる。例えば連れ合いと出会った頃なんて正にこれだった。二十代の終盤に入って数年ぶりに関西に戻ってきた際、偶々同じ頃にやはり数年ぶりに関西に戻ってきた同僚と共に「彼女を作る!」という目的のもと何だかんだと合コンを繰り返していたのだが、合コンに参加すればするほど目的達成の見込みは減り続け、ある時、いつの間にか合コンとか「彼女を作る」という意識に振り回されて疲弊し尽くした自分になっていたことにハタと気が付いた。まさに追いかければ追いかけるほど目的はどんどん遠くへと離れて行ったのであった。

 それに気が付いた時、私はそれまで必死になってやっていたそういった活動を一切やめた。浮かれた話に耳を貸すことをやめたのはもちろんのこと、自分から「俺はもうそういう場には一切行かない」と周りに宣言し、それ以降はもう本当にそういった(今で言うところの婚活みたいな)活動を一切やめたのであった。

 やめた時本当に心から思った。「俺は何をやっていたんだろう」って。感覚としては「やっと目が覚めた」っていうようなものだった。言ってみれば本来の自分を取り戻したっていう感じだ。

 不思議なものでそうなると気負いみたいなものがなくなったのか、とても気持ちが楽になったのを覚えている。それまでは何か他人よりも自分が劣っているとか経済力がないとか、つまりは異性から見て魅力に欠ける人間なのかも知れないというような感覚に陥っていて、本来の自分を見失っていたのかなって客観的に考えられるようにもなった。どうしてあんなつまらんことを追いかけ続けていたのか、とも思えるようになった。

 しかし人間の運命と言うか運勢と言うか、流れと言うか、そういったものは本当に不思議で面白いものだ。こっちが追いかけることをやめると今度は向こうから近づいてくるのだから。詳細は書かないが連れ合いと出会ったのは、そんな気持ちで生活していた頃。何かを執拗に追い求めることなんて一切せず、逆に「どうでもいいや」っていう感じでまったく気にしない日々を送っていた頃に、その時は唐突に訪れたのであった。

 追いかけると逃げられる。でも、追いかけるのをやめると、近づいてくる。まるで「追いかけてこいよ!」とでも言いたいかのように近づいてくるのだ。

 ここまで来たら「果報は寝て待て」である。焦らなくても大丈夫。それは必ず自分のもとにやってくる。

 これを私はここ数カ月まったく忘れていた。知らぬ間にむやみに追って追って追いまくっている自分になっていた。その原因は色々あって、例えば老後の不安だとか職場における今の自分の立ち位置の危うさを埋めるための異様なほどの焦りだとか、お金が自分のもとからどんどんなくなっていくという現実などなのだが、結局必要以上に不安を感じてそれに振り回され、実際のところ「お金」というものに必要以上に固執してしまって逆にそれに逃げられるという結果を招いていたわけである。

 で、もうお金を追いかけることはやめにした。お金そのものを追いかけてもロクなことがない。だからお金を基準に考え、求めるのではなく、自分がやるべきことを基準に考え、それを探し求めることにした。結局お金ってものは、そういうことにくっついてやってくるもの。これまでの自分の、良かった時期のことを思い返せば、まさしくそれ。だからそれを探そう。自分はジジイだ。若くはない。余命もあと何年残っているかわかったもんじゃない。だけど未来に向かう自分は今この時が一番若いのだ。だから探すのに遅過ぎることはないのである。



コメント

人気の投稿